東京藝大 x みずほFG「アートとジェンダー」共同研究プロジェクト
「アートとジェンダー研究会」
レクチャー・シリーズ
第4回
「女性演奏家をめぐる労働環境について」
日時:2023年12月8日(金)
場所:東京藝術大学 上野校地 国際交流棟4階 GA講義室
講師:箕口一美(東京藝術大学大学院 国際芸術創造研究科 教授)、若山萌恵(国際芸術創造研究科 修士課程在籍)
本研究会では、「アートとジェンダー」というテーマについて多角的な視点から議論することを目指し、様々な分野の専門家によるレクチャーを全5回にわたって行いました。第四回目のレクチャーでは、クラシック音楽業界における女性演奏家をめぐる労働環境をテーマにとりあげました。講師は国際芸術創造研究科教授の箕口一美と、アシスタントとしてリサーチを行った若山萌恵が務めました。
レクチャーの冒頭では、箕口が今回レクチャーを担当することになった経緯に触れ、自身のキャリアについて振り返りました。箕口は、カザルスホールのアソシエイトディレクターや第一生命ホールを運営するトリトンアースネットワークのディレクター、サントリーホールのグローバルプロジェクトコーディネーターなどを歴任し、クラシック音楽の制作現場に長年勤めてきました。しかし、箕口がキャリアを歩み始めた当初は、業界の間口が開かれているとは言い難い状況があったといいます。
箕口によるレクチャーに移る前に、クラシック音楽業界のジェンダーバランスをめぐる問題や取り組みについて、若山がプレゼンテーションを行いました。若山は、「表現の現場調査団」によって作成された「ジェンダーバランス白書2022」を参考に、音楽大学の学生やオーケストラの弦楽器奏者は女性が多いにも関わらず、教授職や常任指揮者、音楽監督などの上位の役職は、ほぼ男性に占められているというジェンダーバランスの偏りを指摘しました。また、こうした状況を打破しようとする草の根の活動も立ち上がりつつあるものの、当事者間で連帯していこうとする流れを作りにくい状況があるのではないかと考察しました。
若山からの報告を受け、箕口は宝塚歌劇団での死亡事件の報道を事例に、部外者が立ち入りにくい排他的な環境はクラシック音楽業界にも共通していると指摘しました。
続いて箕口は、クラシック音楽の演奏家が築くコミュニティを、「バブル」という比喩を用いて表しました。箕口によれば、「バブル」とは、価値観や生活基盤を同一にしているコミュニティを指します。あるオーケストラ団員達が街頭でインタビューを受け、インタビュアーに一般の人々とは異なる価値観を持っているように感じると指摘された際、 “… because we’re living in a bubble.”と発言している映像を見て、腑に落ちたのだと言います。
クラシック音楽の演奏家は、幼いころから師弟関係や門下の人々と「バブル」を形成し、その中で生活を送ります。そこで激しい競争が行われることで外部とは共有の難しい独自の価値観が形成されていくため、演奏家はますます「バブル」の中に引きこもってしまいます。こうして形成された「バブル」の厚い膜が業界内と外を隔て、風通しの悪さにつながっているのではないかと述べました。
最後に箕口は、「バブル」を硬化させないために、アートを過剰に特権的に扱わないこと、専門性の有無に関わらず、誰もが語ってよいものだという空気を作ることが必要ではないかと述べました。専門家は、異なる考えを持つ人々の意見を論破しようとしないことが、非専門家は「アートはよく分からない」と線を引いて構えず、「分からないけれど関心がある」とポジティブに言い換えていく姿勢が、重要なのではないかと投げかけました。